暗黒時代を抜けてからの逆転人生! まもるのプロフィール

皆さん、初めまして。まもるです!

  

このブログに興味を持っていただいて、ありがとうございます!

  

私は、今でこそ元気に充実した人生を送っていますが、産まれてからの30年は、ブラックホールにでもいるかの如く、暗黒な人生でした。

  

決して環境に恵まれなかったわけではないのですが、私の心と体には、常に前向きになれない何かが潜んでいました。

  

その何かを退治してくれたのが、言うまでもなく、ランニングでした!

  

そんなまめおの人生をプレイバックしてみます!

病弱だった幼少時代

神奈川県の湘南に産まれる。

  

小さい頃はとにかく病弱でした。

  

3歳の時、肺炎で入院。

  

6歳の時、鼠径ヘルニアで入院

   

11歳の時、再び肺炎で入院。

 

とにかく、入院ばかりしていました。

 

普段も病弱で、1カ月に1度は風邪を引いて学校を休む始末。

  

食が細く、毎食完食できずに父親に怒られながら、1時間かけて食べていました。

  

小学校3年生で柔道を始めてからは、病気になりにくくはなりましたが、それでも普通の子よりはひょろっとしていて、頼りない男子でした。

ひねくれていた10代、何をしたいかわからなかった20代

中学時代。仲の良かった友達とケンカして以来、自分の殻に閉じこもるように。

 

通っていた中学校が、結構陰険ないじめがある学校で、私はターゲットにされないよう、常に目立たないようにしていました。

  

その癖は、大人になってからも中々抜けず、私は目立たないことに関してはプロ級の腕前をいまだに発揮しています。

  

そんなこんなでかなり性格もひねくれてしまい、世の中を斜めから見るようになり、常に頭の中で何かを、誰かを批判するようになっていました。

  

集団行動が苦手、人見知りで常に他人を批判の目で見るような人間に、当然友達もできません。

  

高校生の時は、友達と遊んだことなんて、数えるほどしかありませんでした。

  

大学生になり、環境が変わったこともあり、少しは社交的にもなりましたが、やはり根本は変わらず。

  

大学を卒業してそのままニートとなり、自分の存在価値のなさから、精神的に病むようにもなりました。

 

なんとか地元のそれなりの企業に就職を決め、ニートを脱出したのですが、特に何がやりたいわけでもなく…

  

そのままなんとなく流されて、会社の派遣社員の子と結婚することになりました。

  

一児の父となり、一瞬は幸せを掴んだかのようでしたが、悪夢は再び訪れます。

  

デスクワークによる姿勢不良が原因で、片頭痛に悩まされるようになり、それがきっかけで自律神経に異常をきたすようになってしまいました。

 

子供とも遊んでいる余裕がなく、会社に行っても片頭痛がいつ来るかと気が気でなく、常に頭痛薬のボルタレン座薬を持ち歩く生活。

  

そして2週間に1度おとずれる片頭痛の発作にのたうちまわり、絶望する日々。

  

精神的にも異常をきたし、家族にも強く当たるようになっていました。

 

そんな時に関西への転勤を告げられます。

  

慣れない場所、慣れない文化に戸惑い、追い込まれて、いよいよ精神崩壊。

  

自律神経のバランスも完全におかしくなり、毎日37℃台の微熱が続き、真冬なのに、夜寝て朝起きるときは足が汗でびっしょりになっているほどでした。

  

家族との関係も壊れ始め、ついにまた私はひとりぼっちとなってしまいました。

 

走り始めて、人生が激変した30代

離婚してからというもの、何にもやる気が起きず、ただ職場とアパートの往復だけの日々を過ごしていました。

  

これはどうにかしなければと、やっとのことで思い立ち、転勤になる前から片頭痛対策として始めていたランニングを再開させました。

  

一人でやっても絶対に続かないと思い、ランニングサークルに入ることにしました。

  

これ、人見知りの私にとっては、超特大のバンジージャンプでした。

  

めっっっちゃ勇気がいりました!!!

  

最初に参加する日なんて仕事中ずっと冷や汗かいてました…

  

しかし、思い切って参加してほんとーーーーーーーーーーに良かった。

  

ランニングをしている人って、本当に前向きで親切。

  

こんな人見知りな人間を、なんてことなく暖かく迎え入れてくれました

  

人生が180°変わりました。

  

この時32歳。まさに暗黒の30年。この暗黒時代に遂に終止符が打たれたんです!

 

その後も毎週の練習会には欠かさず参加し、いよいよアフターの飲み会にも参加出来るように!

  

会社の飲み会は10万円払ってでも参加したくなかったのに、まさか自分から行きたいと思う日が来るとは!

  

マラソンのタイムも順調に伸び始め、サブ4、サブ3.5を達成。

  

そして迎えた、2012年の神戸マラソン。まさかのサブスリーを達成します。

  

その同時期には、ランニング仲間の女性とお付き合いすることに。

 

その後もトントン拍子に人生が好転し、2014年8月には、再婚することに。

 

2015年には篠山マラソンにて、フルマラソン自己ベストとなる、2時間48分41秒をマーク。

   

2016年には子供も産まれ、転勤地の神戸から横浜に再び戻ってきました。

 

本当に、人生何が起こるかわかりません。

 

皆さんに伝えることが一つだけあるとするならば、

 

【とにかくあきらめないで生き続ける】

 

ということくらいでしょうか。

 

何か凄まじい努力をしたわけではなく、かといってものすごい運が良かったわけでもない。

 

なんとなんく来た流れに、そのまま乗ってみたら人生が変わった、というのが正直なところです。

 

ですが、人生あきらめてしまって、流れに乗るべきところを乗らなかったら、きっといつまでも幸せになれなかったと思います。

 

いつでも流れが来たら乗れるように、あきらめずに生きていることが大事なんだろうな、と今になってみて思います。

 

このブログでは、こんな私でもサブ3を達成することができた経緯と、達成したコツ、そして人生を変えてくれたランニングの素晴らしさを伝えていけたらなと思っています。

 

これからは、私を幸せにしてくれたランニングに恩返しすると同時に、皆さんにもより幸せになってもらえるような記事を書いていけたらと思っていますので、是非ブログを読んでみて下さい!

 

最後まで読んでいただいて、本当にありがとうございました。

 

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